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児童グループワークについて(2013年10月20日)

児童健全育成指導士 田中 純一 

児童館・児童クラブの活動を大きく分けるとケースワーク・グループワーク・コミュニティーワークに分けることができる。それぞれ個別援助活動・集団援助活動・地域社会援助活動ということになる。これらは互いに有機的な関連を持ちながら存在している。 

グループワークにおける仲間の関係について

さて児童館・児童クラブの活動の3要素の中で、グループワークは児童館活動の中心的な軸になっている。このグループワークのあり方について考えてみたい。

グループワークというと子どもの遊び集団を援助したらグループワークだと思われがちであるが、それだけではグループワークとはいえないのである。

小関康之著 児童グループワーク(ミネルヴァ書房発行)では以下のように述べられている。

人格的協同志向型の小集団は、明らかに人格的発達志向型集団として位置づけることができる。ドイッチ(M.Deuysch)は、このような小集団の特徴を次のようにあげている。

@  集団の仕事をしようという意欲が高く、メンバーが互いに責任を感じあうことが多い。

A  成員間の分掌と協力の度が大きい。

B  成員間のコミュニケーションがより効果的で、より多くの意見が出され、理解の度も受容の度も高い。

C  友情があつく、他人に対する尊敬も高い。

一般にグループワークは、自然発生的集団や団体や施設が意図的に作った人為的集団を対象とするが、グループワークが、それぞれの団体や施設、あるいはサークル活動において努力しなければならないことは、対象となる集団が、人為的集団であれ自然発生的集団であれ、グループ活動の過程にあって、小集団=人格的協同集団的性格をもった集団へと変容することである。

 たとえば自然発生的集団である子どもたちの遊び集団に対して、グループワーク的アプローチを試みても、子どもの自然発生的集団=遊び集団のもつ排他的性格を、人格的協同集団としての性格に変えながら、より多くの子どもがグループワークの対象となるように、試みがなされなければ、グループワークは、自然発生的集団の内的凝集性を高めるだけの効果しかなくなり、結果的には、排他性を高めること以外に効果を持たないことになる。すなわちグループワークは、自然発生的集団をも対象として扱うが、それはあくまでも自然発生的集団を、小集団の核として活用することであり、自然発生的集団を民主的・人格的な開かれて小集団へと変容発展させていく過程を整える援助をすることに、大きな役割を見いだすべきでる。

 またグループワークが対象とする人格的集団についても、同様なことが言えるわけで、集団成員がプログラム活動=グループ経験を通じて、対面的相互交流をはかりながら、自然発生的集団の性格にみなれる「われわれ感情」を育てていく過程が、グループワークの仕事になるのである。

 子どもを対象とするグループワークが、小集団をすすめていく際に留意したいことは、子どもがグループワークに参加する心理的動機には「他の子どもと一緒になにかをしたい」という欲求があることを理解することである。すなわち、子どもの他の子どもとの相互活動への方向づけは、他者志向性(他の子どもに対する関心)と課題志向性(なにかをしたいという欲求)との相互の機能的関連によって成立っているのである。

 青井和夫の小集団の定義は次に示すような条件をみたすものであるが,彼の示した小集団の定義は、グループワークが念頭のおいている人格志向型の集団の性格を端的に示すものとして評価することができよう。彼は小集団の「小」(small)は。人数のことではなく、「集団の性格」をあらわすこと言葉としてとらえている。たとえ20名をこえても、小集団としての三つの条件をみたせば、それは「小集団」であり、また、たとえ数名の集団でも、小集団としての性格をになわなければ「小集団」ではないとしている。すなわち小集団を示す三つの条件とは

@  対面的(face to face)な関係にあること

A  成員の間に相互作用(interraction)が行われていること

B  成員間の間に個人的な(as a individual person)印象や知覚を有すること

小集団とグループワークの関連について言えることは、グループワークの活動過程そのものが「小集団」の概念をつくりあげていく過程であり、グループワークが目指す集団過程が小集団の形成過程ということができるのである。

 グループワークの基本と活動の展開

 一般的にグループワークの原則はケースワークに準じているので以下社会福祉技術援助総論より抜粋した。

@受容の原則

 グループワーカーは、先ず一人ひとりを一個の人格を持った人として尊重することが基本原則である。小さな子どもといえども尊重するという基本的態度を身につければならない。ワーカーの好みや、個人的な好き嫌いもあろうが、グループの中の一人ひとりを理解していくことが受容につながる。

A個人差の尊重の原則

 グループワーカーは、自分と接する子ども一人ひとりが独自の存在であることを頭で判っていても、すべてのメンバーについて、つい平均的な姿を求めがちである。子どもの長所・短所、言葉使いや行動、そして発達段階(エリクソンのいう)に応じての知識だけで子ども理解をするのでなく、発達の差や、性格、考え方にも個人の違いがあることを十分に知り、個性を持つことを忘れてはならない。

(社会福祉援助技術総論P84)

B援助目的の明確化の原則

 グループワーカーは、子どもをなぜグループに参加させるのか、それはどんな内容のグループなのか、グループはその子どもの成長にどんな意味をもつのかを明らかにすれば、メンバーを容易に受け入れることができよう。

 メンバーの子どもも、それなりの意味がわかればワーカーに対しての信頼や喜びをもつことができる。(前掲P85)

C自己決定尊重の原則

 グループワーカーは、メンバーの自主的な人間としての成長を促す役目をするものであるから、グループの中で一人ひとりが自分の「責任」を果たすということを自覚させ、自立心を強めさせることが必要となる。

 また他のメンバーに対する尊重の気持ちを自覚させよう。そのため、ワーカーが自分の好きなプログラムを実施しようとしたり、自分の希望でグループを指導することは危険である。あくまでも子どもたちのメンバーが自分で選択し、自分で決定する雰囲気作りをしなければならない。自分たちで決定できることが、自主的なグループを育て、人間を育てていくことになるのであるから。

D成就の経験と喜びの原則

 自分たちの決めたことを達成した喜びは、他人が決めたことの達成より幾倍も大きいことは誰でも経験していよう。グループで協力し合うことは、達成までに多少時間がかかっても、社会的能力を高めていくことになり、その経験を積み重ねることで、個人もグループも成長していく。

Eメンバーの相互作用の効果の原則

 グループワーカーは、メンバー同士の働きによる影響が深まるように援助することが大切である。協力し、互いに自分の足りないところを補ったり、援助したりすることで相互作用が深まり、「わたし」から「わたしたち」感情が深まって自発的活動を促し、まとまりあるグループに発展していく。

F融通性のある運営と活動の原則

 グループワークの過程で、メンバーのニーズや変化に応じて融通性のあるグループであることが望ましい。グループワーカーはプログラム活動についても、メンバーの能力や発達に応じた変更や修正を行っての活動や運営ができるようにする。

(前掲P85〜86 グループワークの原則) 

 以上がグループワークの基本原則である。しかしながら、これらの言葉だけに拘ってしまうと、子どもの自主性みたいなもののみを尊重するあまりに、実際の活動が上手くいかないことも多いものである。全ての活動が「働き」「学び」「遊び」が包括されていると考えれば、主に遊びの展開において、上記の原則を大切にすることが必要である。しかしながら、働きと学びの場合に毅然たる態度で粛々と展開しないと上手くいかないことが多々あるものだ。

 受容の原則があるとしても、働きや学びの場面で妨害することは困るであろう。自己決定の原則といっても、みんなが話を聴いている学びの場面で奇声をあげる自己決定はない。このように「働き」「学び」「遊び」のどの活動をやっているかで、実際の展開はかなり違ったものになるのではないかと私は思っている。

   グループワークを実践するにあたって既存にある仲間関係について

 グループワークとの理論を学び、ある程度手法を会得したと思うと、実際にやってみたくなるものである。しかし現実にやろうとすると。上手くいかないことの方が多い。それはなぜであるかを考えてみたい。

 一番の要因は、すでにある既存の意識的・無意識的組織や仲間関係がすでにあり、それに束縛されてことが多いからである。意識的なものとしては、放課後児童クラブなどはすでに5〜6人の班編成がなされていることなどである。また学年やクラスの仲間がある。無意識的組織としては、子ども同士の力関係の中で支配被支配の関係があったり、帰宅方向などによる仲間つくり、兄弟姉妹関係による仲間つくり、女の子の仲良しグループなどが存在していることなどがあげられる。

 このような意識的無意識的な仲間関係の存在がグループワークにおけるグループに大きな影響を与えることになる。

 したがって、既存のグループの中にどのような意識的、無意識的な関係性が存在するかをしっかりと観察することが必要である。危険性のない限り、主観を交えないでしっかりと観察することが一番大切なことであると思う。このためには上目線ではなくて、下目線(=理解する=under stand)することが必要である。

 under standの立場をとるためには、放課後児童クラブの下記が基本方針であることを前提にしたらと考えている。

@  放課後児童の健康管理、安全確保、情緒の安定

A  遊びの活動への意欲と態度の形成

B  遊びを通しての自主性、社会性、創造性を培うこと

C  放課後児童の遊びの活動状況の把握と家庭への連絡

D  家庭や地域での遊びの環境づくりへの支援

E  その他放課後児童の健全育成上必要な活動

つまり、@の放課後児童の健康管理、安全確保、情緒の安定を重視することである。健康管理のためには児童の顔色の観察や挙動を観察することが大切である。安全確保のためには清掃、ゴミ拾い。草木の剪定などが必要となる。情緒の安定のためには整理?整頓・清潔・清掃・しつけの5Sが有効である。これらのことを実現するためには、せっせとクラブや児童館をきれいにしたりするので、姿勢が低くなる。これこそがunder standであると私は考えている。つまり、放課後児童の健康管理、安全確保、情緒の安定を図ることはきちんとした観察をすることになるのである。掃除をしながら、雑草抜きをしながら、トイレ清掃をしながら意識的に既存の子どもの仲間関係がどのようになっているかを調査することが大切であると私は考えている。

次に段階としてアクションリサーチの段階があると私は考えています。子どもの既存の仲間関係の状況が分かり、改善すべき点が見つかったからといって、一気に物事を解決するのは難しいものです。今までの職員との人間関係もあります。まず一番解決しなければならない重要課題の設定をすることが必要と思います。次にどのようなアクションを起こしたらよいかを考えます。そしてアクションの結果、どのような仲間関係に変容が起こるかを予測します。そしてアクションを起こし、変容をリサーチして次のアクションに何をやったら良いかを考えます。私はこれをSPDCAのサイクルを続けることだと提案しています。スモールプラン・ドゥ・チェック・アクションの繰り返しです。普通はPDCAと言って、プランが先に立つのですが、このプランをスモールプランにしてアクションリサーチの要素を取り入れたものです。

具体的にどのような展開になるかを考えてみましょう。最重要課題が一人のボス的な存在の子どもによって他の子どもも引きずられて、勝手気ままな状況が問題だとします。こうしたボス的な存在の子どもは、基本的に暴力・腕力・言葉の暴力・威圧・仲間はずれなどによって、他の子どもを支配しようとしていることが多いものです。行動と言動の暴力は絶対に許さないとの姿勢をクラブの指導員が全員一致で持つことが必要であると思います。同時に児童館や放課後児童クラブでボス的な存在を誇示する子どもは学校や家庭でさみしいことも多いものです。ボス的な行動や言動は許さないけれど、その子どもの持っている得意技などは評価してあげて、その子どものアイデンティティーも高めることができるような活動をワークショップなどで取り上げ、グループワーク的な活動へと発展させることが必要となるでしょう。上手くいけば、その子どもを低学年のリーダー的な存在として育てることもできるでしょう。けれど逆にその子どもが調子に乗ってしまい、上手く展開しないことも多いものです。

考えなくてはいけないのは、グループワークの活動の内容を遊びに限定することであると私は思っています。カプラ・折り紙・カードゲーム・サッカー・ドッジボール・中当て・鬼ごっこ・工作・ディキャンプ・ダンスなどがグループワークの活動内容となることが多いものです。でも必ずしもこうした遊びと言われる活動に限定することはないのではないかと私は思っています。草取り・清掃・ゴミ拾い・ガラス磨き・トイレ清掃・チラシの正方形切断などのいわゆる作業もグループワークの活動の一つと考えることが必要ではないかと私は思っています。

クラブでも学校でも弱い存在で自己主張が出来ない子どもが多いこともあります。競い合うスポーツやゲームでは負けてばかりいて自尊心が欠如してきてしまうこともあります。遊びだけの活動だけではなくて、チラシの正方形切断作業、ゴミ拾いなどの作業活動は少ない作業でも評価の対象となります。自尊心の低い子どもでも褒める要素が出てくるものです。(縄跳びなどの競技だとやっと前跳びが出来たので、評価してやっても、二重跳びが出来る子どもが馬鹿にすることもあります。でも、雑草抜きを3本やったら褒めてやり、隣の子どもが私は10本だと頑張っても両方とも評価の対象となります。働くとは人のために動くことですから、競争しても結果はみんなのためになるので、グループワークの活動として取り入れていくことが大切であると思っています。

失敗を恐れてチャレンジしなかったり、どうせ負けるからと最初からグループに入ろうとしない子どももいます。児童館・児童センターのように、任意参加であるならば、グループつくりは容易です。けれど放課後児童クラブのように、親の都合で預けられていると感じている場合は参加したくない子どもがいる場合は多いものです。こうした場合は私はカプラを勧めています。カプラは作るのですが、壊れやすい。でも壊れた時にとても素敵な音がするのです。単体では木琴の音で、いっぱいになると川のせせらぎの音となります。崩れた時に『良い音がしたね』との声かけをしてやれば、失敗ではなくて、よいことなの  だとのことになり、ネガティブな感情ではなくてポジティブな感情が芽生えるのです。

足して10になるトランプもお勧めです。これは、10になると取れる神経衰弱です。10・J・Q・K・ジョーカーは1枚開けただけで取ることが出来るラッキーカードとなります。頭よりも運の要素が大きくなります。このことで誰でも参加できます。放課後児童クラブにおいても、バックギャモン等偶然性で勝てるような活動を増やすことが大切です。

私の小さい時は肉弾陣取りゲームと言って、相手の陣地に身体を張って、飛び込むような遊びをしていました。25年前くらいまではやれたのですが、その後は程度を知らない子どもや痛いのが嫌いな子どもが増加してやれなくなりました。その代わりに身体を張るのではなくて、ぶつかったらジャンケンをして勝ったら進めるとの陣取りゲームをしました。1チーム6グループくらいで、2チームで戦うのですが、各グループを3人とか5人にしてやってみました。すると足が速いので距離を稼ぐ子ども、足は遅いけれどジャンケンの運が強い子どもがいたりして、助け合って上手くやることが出来ました。ジャンケンも含めて運も勝負のうちとのやり方も良いと思います。 

  グループワークの実際の展開過程

以上の児童グループワークの概念をもとに私は児童館・児童クラブのおける遊びをグループワークととらえ、意図的な小集団の編成を目指して以下のように活動している。

第一に児童館・児童クラブにおける遊び活動=グループワーク活動は排他的であってはならないということである。同時に小学校の低学年児童の遊びグループの人数が3人から5人であることを考え、(対面的な関係や成員間の相互関係や個人的な印象・知覚を有するための人数)30人から40人の集団の中に3人から5人の小集団を5グループから10グループ作る。3人から5人の小集団(スリーパワー・ファイブパワーと通常呼んでいる)の間で成員間の対面的関係・相互関係・個人関係を実現し、その中に民主的・人格的に開かれた人間関係を実現していく。当然その遊びの小集団の中に途中で仲間に入りたい人も仲間に入れていくことになる。同時に小集団が集団の中に多数存在することにより、子どもの相互活動の方向付けが小集団同士の他者志向性(他の子どもに対する関心)と課題志向性(なにかをしたいという欲求)との相互の機能的関連によって成立っていくようなる。つまりたんにワーカーが1小集団に働きかけるのではなくて、いくつかの小集団に働きかけることにより、子どもたちの活動意欲がわくというものである。

みんなで奴さんの折紙を使って大きなユニット折紙を作ることを考えてみよう。40人の子どもを4人から8人くらいの小集団7グループを作る。奴さんの基礎ユニットの作り方を教えてあとに小集団作りをする。この小集団では仲間に寄せないといってはいけない(排他性の排除)命令でやってはいけない(民主的な関係)お互いに伝え合う(個人的な関係と相互関係を作る)などを確認し、奴さんユニット作りに入る。同時に他の小集団の活動を自由に見学してアイディアをいただいても良いことにする(グループ間の排他性の排除とアイディアの共有)こうして全体として1時間ほどの活動をすると子どもたちは協力して自主的に想像力豊かな作品を作り上げる。こうした過程がグループワークの過程であると私は考える。

児童館・児童クラブでは途中から参加する子どもも多くいる。こうした場合に途中参加者はいくつかの小集団の中に自由に仲間に入れてもらえることになる。また途中で帰ってします子どもがいても他の子どもたちだけでも作業が継続できる。児童館・児童クラブで工作をしても一人一人を主体とした工作だと工作が中断してしまい、完成できないまま中途半端になってしまうことも多いものである。小集団での活動はこうした点有利である。

缶けり・フットベース・ドッジボールでも小集団をうまく活用し、グループワーク活動へともっていくことができる。

50人子どもを5人の小集団(38人でも良い)10グループにわけ、鬼を一人とする。小集団の中の一人がケントされたら他の4人の子どももケントされたことになり出てくる。3グループがケントされると15人が捕まったことになる。捕まって子どもは子ども同士でワイワイガヤガヤ相互におしゃべりをしたり、手遊びをしたりして遊んでいる。ケントされていない子どもは15人を救うために頑張るし、捕まりたくない子どもは見えないところで別の遊びを同時並行で行いながら缶けりをしている。こうしたグループ活動を行えば缶けり遊びもグループワークとなるのである。全員捕まったら次の鬼は最初にケントされた人でその人の所属する小集団はその鬼を除いて逃げる。

児童館・児童クラブあるいは小学校の子どもの数がどれくらいであるのが適正であるかは議論の分かれるところである。学校で30人学級等の主張もなされるが30人学級というのは15人・16人の2クラスができるということである。5人くらいの小集団が(この小集団は常に人数も成員も変容可能なものと私は考えているが)7つとか8つあると活動が活発化することを考えると、30人学級の実現よりは31人に二人の教諭を配当し、児童相互の関係をより豊かなものにすることが大切だあると私は考えています。

同様に児童館・児童クラブでもやはり建物のキャパシティーにもよりますが、出席率を考えると30人くらいの参加者数が欲しいと思います。人数が40人以上になればやはり2人の指導者がまとめて見るというのが良いと思います。もちろん一人でもやれます。

グループワークの小集団を使うことにより子どもたちの活動をよりよいものにできると共に実はケースワークに該当する子どももグループワークのワーカーが適切な援助を与えることにより、グループワークの小集団の中でケースワークをしていくことができるものです。ケースワークについてはまた別にアップデートしますが、不登校・うまく遊べない・粗暴等々のケースワークを必要な児童を仲間に入れられないようなグループ活動はたんなるグループ活動であり、児童館や児童クラブにおけるグループワーク活動ではないことを理解し、児童館・児童クラブの活動が真のグループワークの活動になるようにと思います。

多重知能理論と活動の展開

最近ADHD傾向の子どもが増加して、加配職員がついていることが多い。この場合にケースワークとグループワークが同時並行に行うことが必要となる。実はグループワークとはグループワークを通して個々人の人格的発展を図るものであるから、ある意味でケースワークでもある。このように考えると、ケースワークとグループワークは包含されているとも考えることができる。グループワークのプロセスはケースワークのプロセスも含んでいる。

折り紙の活動をしている場合に、折り紙をやりながら、身体運動的知能と言語的知能と音楽的知能と対人的知能・空間的知能を養うようにしている。ガードナーの多重知能理論の考え方です。

プラス博物的知能

 

この考え方を使って活動を多様にすると、多様な活動が出来ることになるので、ある知能において若干の遅れがあっても、楽しく活動できるので、ぜひ多重知能理論を活用して欲しいと私は感じている。

一つの活動においても多様な展開ができるし、しなければならないことを考える必要性があると思うのである。よく「しっかり見ましょう。しっかり聴きましょう。しっかり話しましょう」などと言いますが、ヘレンケラーはそれではどうしたらよいかとの問題になるのです。見えなくても、聞こえなくても、話せなくても学ぶことは出来るのです。このように考えるといわゆる五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)との考えから、特殊感覚(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・平衡感覚)と内臓感覚(内臓がある感覚及び内臓痛覚)体性感覚(痛覚・圧覚・冷温感覚・筋肉感覚・運動感覚など)の3っの感覚があることを大切にすることが必要と思います。

そして体性感覚が全体の感覚を統御していることをしれば、受身的な視覚・聴覚だけに頼らない活動の手法を考え出すことが出来るのではないかと思います。

  全ての活動の中に「働き」「学び」「遊び」が包含されている

遊びを通しての健全育成とか、学びが大切とか、生活が基本とかいろいろなことが健全育成の中で言われています。でもよくよく考えてみると全ての活動の中に「働き」「学び」「遊び」が包含されていて、そのメリハリをつけることが大切と最近、実践の中で、感じるようになりました。

縄跳びの活動をするとしたら、縄跳びの準備や後片付けは働きの要素です。縄跳びの基本的な飛び方をきちんと学ぶことは学びの要素です。その後に自由に練習をすれば遊びの要素です。これらはメリハリをつける必要があります。

 働きの場合は、働くとの字が国字であり、人のために動くとの意味ですから、人のために役立つように一生懸命働くことが必要となります。

 学びは学習ですから、真摯に静かに学ぶことが必要です。もちろん教える人の資質として、教えるだけの能力に基づく権威も必要となると私は感じています。今ある子どもの状態ではなくて明日の子どもの発達段階を見極めることができる能力が必要なのです。これがヴィゴツキーのいう発達の最近接領域の問題です。 

 こうした働きと学びだけでは教え込まれることで疲れてしまうので、自由に自我を発散させるために遊びの要素が必要となります。

 45分の間に5分の働きで始まり、5分の学び・15分の遊び・2分の学び・15分の遊び・3分の後片付けみたいにメリハリをつければ、子ども達の活動は上手くいくように思います。

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